クラシック音楽ファシリテーター飯田有抄の「プレイリスト&フォト〜春の光彩と陰影」
デノンブログでお馴染みのクラシック音楽ファシリテーター飯田有抄さんが、新たなプレイリストを作成。「春の光彩と陰影」をテーマに選び抜かれた春の音楽と飯田さん自身が撮影した美しい写真で、春の魅力を心ゆくまでお楽しみください。
伸びやかな生命の息吹と、「美しい光が満ちる春」。花々が咲き、キラキラと明るい春にも魅せられますが、一方でどこか春には、大きく空気感の変わる独特の不安定さ、あやうい雰囲気にもあるように思います。今回のフォト&音楽は、「春の光彩と陰影」をテーマに選んでみました。

モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第25番ト長調 K.301/293a 第1楽章
春の明るいイメージに重ねたくなるのは、モーツァルトの生き生きとした音楽です。 ヴァイオリニストの庄司紗矢香が18世紀の演奏様式を研究し、ガット弦とクラシック弓とを使用して収録したモーツァルトのソナタは、みずみずしく溌剌とした生命力に溢れています。共演はジャンルカ・カシオーリの弾くフォルテピアノ(モーツァルト時代の楽器のレプリカ)。滑舌のよいピアノの音色にも注目です。

フィールド:ノクターン第16番ハ長調 H.60
「梅は咲いたか桜はまだかいな」と歌われる日本の春ですが、ミモザも負けないくらい愛らしい春の花ですよね。雨の夜、雫に濡れるミモザの花はまるで宝石のようでした。
こんな情景に寄り添ってくれる音楽が、アリス=紗良・オットの奏でるジョン・フィールドのノクターンです。「夜想曲」と訳されるノクターンといえば、ショパンのピアノ音楽が何しろ有名ですが、その“創始者”はアイルランド出身のフィールドでした。フィールドのピアノ音楽はショパンが活躍したパリでも人気が高く、ショパンも影響を多いに影響を受けて一連のノクターンを作曲したのです。
アリス=紗良・オットの全集では、フィールドらしいシンプルで優しい音楽を、極めてセンスのよいタッチと間合いで描いていきます。ピアノ音楽を一層好きになれるアルバムです。
ボロディン:弦楽四重奏曲第2番ニ長調 第3楽章「夜想曲」
どういうわけか、春になると思い出して聴きたくなるのが、ロシアの作曲家アレクサンドル・ボロディンが作った弦楽四重奏曲第2番です。とりわけ第3楽章はほのぼのとしたメロディーが美しく、中間部の悲しげな表情もまた、春のやや忙しなく不安定な心持ちとフィットします。ボロディンはロシアの器楽作品の創作をリードした「ロシア五人組」の一人。この弦楽四重奏曲は化学者でもあった彼が、1881年に愛する妻のために書いた作品として知られています。

The DUO:汀(みぎわ)の花
続いては、クラシック音楽をルーツに持つ鈴木大介と、ロックとジャズをルーツに持つ鬼怒無月のギターデュオ、The DUOのアルバム「ND STORY」から、鈴木によるオリジナル作品「汀の花」をセレクト。汀とは「水際」のことです。写真はどこにも水は写っていないけれど、この曲の持つドライブ感と、春らしい薄着で、夕日に向かって自転車をこぐ少年とを重ね合わせたいと感じました。
録音も非常に素晴らしいこのアルバム。粒立ちのよいギターの音色は、春の空気とほどよく馴染むようにも思います。
グリーグ:抒情小曲集 第5集第4曲「夜想曲」
あまりに美しい瞬間、情景、響きに出会うと、私は時に「気が触れそう……」と思うことがあります。喜びに満ちた春の鳥の声には、うっすらと狂気を感じ、春の繊細な光と闇、匂いに触れるとソワソワとしてしまいます。
ノルウェーの作曲家グリーグが残した魅惑的なピアノ小品のなかでも、この「夜想曲」には美に惑わされるような不安定さを感じます。「夜想曲」というタイトルを知らずに出会った作品ですが、聞くたびに「春の不安定な夜」をイメージします。半音階的にふわりと沈んでいくメロディーライン、高音で鳥の声のように響き渡るトリル、突如泉のように湧き起こる分散和音が、あやうい魅力を放ち精神に触れてくるのです。ノルウェー出身のピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネスのたっぷりとしたテンポ感、なんともいえない間合いが、この作品の妖艶さを増幅させています。
(おしまい)
全曲プレイリストURL:
(おわり)
飯田有抄 プロフィール

東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。「クラシック音楽ファシリテーター」を肩書としながら、クラシック音楽の普及にまつわる幅広い活動をおこなっている。音楽専門誌、書籍、楽譜、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジン等に執筆・翻訳、市民講座講師、音楽イベントの司会やトークの仕事に従事。ラジオやテレビなどのメディアに出演。書籍に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」(共著、音楽之友社)、「ようこそ!トイピアノの世界へ〜世界のトイピアノ入門ガイドブック」(カワイ出版)、「さぁはじめよう!オーディオのある暮らし」(音楽之友社)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。