クラシック音楽ファシリテーター飯田有抄の「愛と春のプレイリスト&フォト」
デノンブログでお馴染みのクラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんはこよなく愛するカメラ女子でもあります。今回は2月~3月にぴったりな愛と春をテーマにクラシック音楽のプレイリストを作ってもらいました。飯田さんが撮影した素敵な写真とともにお楽しみください。
寒さ厳しい冬の出口が見え始めるころ、うららかな春が待ち遠しくなりますね。バレンタインデー、ホワイトデーなど、恋する人には心躍るシーズンでもあるこの季節に、愛と春をテーマにしたクラシック音楽のプレイリストを、カメラで捉えた映像とともにお届けします♡
シューマンとクララの愛
愛がテーマとなれば筆頭格に挙がってくる作曲家が、ドイツ・ロマン派を代表するロベルト・シューマン(1810〜1856)です。文学青年でロマンチックな彼は、熱烈な恋心を訴える曲から、温かな愛で包んでくれるような音楽まで、ピアノ作品を中心にいくつも名曲を書き上げています。
そんな彼の心を大きく動かしたのは、自分の音楽の師匠の娘、クララ・ヴィークでした。修行時代に出会ったクララはまだ可愛らしい少女でしたが、彼女はめきめきとピアノ演奏の腕を磨き、やがてヨーロッパを席巻する一流ピアニストとして人気を博します。まだ女性が活躍するのが珍しい時代に、シューマンよりも先に(!)有名人になりました。
そんなクララに心を奪われたシューマンは、彼女に演奏してもらうため、またはクララへの思いを込めた曲を書きまくったのです。
二人の恋路を妨げたのは、師匠のヴィークです。せっかくピアニストとして一流にまで育てた娘を、芽が出るかどうかもわからないシューマンになんぞやらん!というわけで、あらゆる障害を設けて二人の間柄を引き裂こうとします。ヒドい……。しかし、クララとシューマンの愛は熱くなる一方。恋は壁がある方が燃えるってものです。結局、裁判沙汰にまでなりますが、二人は晴れて結婚へとゴールイン!(二人はその後もいろいろ大変なんだけどね)
《クライスレリアーナ》Op.16 より第1曲
この作品は、クララに募る想いを込めた若き日のシューマンのピアノ曲です。ヴィークに邪魔をされ、彼女への思いばかりが強くなる——そんなエネルギーを感じさせます。タイトルは、かなわぬ恋を描いたE.T.A.ホフマンの小説に登場する人物「楽長クライスラー」から取られています。
《ミルテの花》Op.25より 第1曲〈献呈〉(C.-P.ラ・マルカによるチェロとピアノ編)
《ミルテの花》は、シューマンがクララと結婚する前日、「愛する花嫁へ」と彼女に捧げた歌曲集です。ミルテという花は、強い愛を示す結婚式のブーケでも使われるお花です。第1曲の〈献呈〉は、リストによるピアノ編曲版が有名ですが、主旋律をチェロで奏でるバージョンもとても素敵ですね。
過去の恋も軽やかに〜プーランクのおしゃれさ

恋心を歌ったおしゃれな音楽といえば、フランスの作曲家フランシス・プーランク(1899〜1963)の《愛の小径》も名曲です。クラシック音楽というよりは、シャンソンと言いたい可憐な音楽ですね。
この歌は、1940年に上演され大成功を収めた「レオカディア」という演劇のために、プーランクが手がけた音楽の中の一曲です。劇が大成功をおさめたのは、プーランクによるこの曲が観客の心を強く捉えたからとも言われています。歌詞は、失われた恋の思い出を語っていますが、曲調はメランコリックになりすぎず軽やかに表現しているところが、なんとも洒脱です。
《愛の小径》
愛の逃避行、喜びの島へ

妖艶で輝かしさのあるピアノ曲《喜びの島》は、クロード・ドビュッシー(1862〜1918)がフランスの画家ヴァトーの名画「シテール島への巡礼」に着想を得て作曲されたと言われています。エーゲ海に浮かぶシテール島とは、愛と美を司るギリシャ神話の女神アフロディーテゆかりの島。ヴァトーの絵画には、愛をささやきあっているような恋人たちの姿が描かれています。
ドビュッシーは作曲当時、なんと妻がありながら、教え子の母親で裕福な銀行家の妻エンマ・バルダックとイギリス海峡のジャージー島へと逃避行をしちゃいます♡ この作品はそのジャージー島で1904年に完成されました。
《喜びの島》
ハイドンが届ける、爽やかな春風味

ちょっと艶っぽい音楽に続いては、ほのぼのとして爽やかな春風味の曲にまいりましょう。時代はドビュッシーから100年以上バックして、ヨーゼフ・ハイドン(1732〜1809)の作った弦楽四重奏曲です。この曲には「ひばり」という相性がついています。第1楽章に、ひばりの鳴き声を連想させる美しいヴァイオリンのメロディーが出てくるからです。
ちなみに「ひばり」という鳥は、春の風物詩として愛されていて、日本では「ひばり」が春の季語となっています。
弦楽四重奏曲第53番 ニ長調「ひばり」Op.64, No.5, Hob.III:63 第1楽章
若きブラームスの描く、結ばれた二つの心

プレイリスト最後の一曲は、しっとりとしたピアノ曲を。ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)によるピアノ・ソナタ第3番の第2楽章です。
ブラームスは、上述のシューマンに才能を見出され、評論家としても活躍していたシューマンのプッシュがあってこそ、楽壇で頭角を現すことのできた作曲家です。このソナタが作曲されたのは1853年の秋。二十歳のブラームスが、まさにシューマンとの出会ったばかりの頃で、書き上げてすぐにシューマンに楽譜を送っています。
極めて美しい第2楽章の楽譜の冒頭には、シュテルナウという人物の詩が掲載されています。
Der Abend dämmert,
das Mondlicht scheint
Da sind zwei Herzen in Liebe vereint
Und halten sich selig umfangen. Sternau夕暮れが迫り
月の光が輝く
そこには愛に結ばれた二つの心があり
至福のうちに抱き合っている
ピアノ・ソナタ第3番 ヘ短調 Op.5 第2楽章
ちなみに、恩師シューマンは翌1854年2月、精神疾患に苦しんだ末にライン川に等身自殺を図ってしまいます。無事助け出されますが、その後は精神病院に運ばれ、2年後に亡くなりました。残されたクララと7人の子どもたちを献身的に支えたのは、ブラームスでした。やがてブラームスとクララとの間には、友情を越えた熱い思いが芽生えたようです。しかし道ならぬ関係性には陥らず、人として芸術家としての深い絆を育んでいったとのこと。辛かったかもしれない。でも美しい! そんな彼のメンタルや経験が影響しているのかどうかはわかりませんが、ブラームスの作品たちにはどこか翳りや抑制美を感じさせるものがあります。
全曲プレイリストURL
(おわり)
飯田有抄 プロフィール

東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。「クラシック音楽ファシリテーター」を肩書としながら、クラシック音楽の普及にまつわる幅広い活動をおこなっている。音楽専門誌、書籍、楽譜、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジン等に執筆・翻訳、市民講座講師、音楽イベントの司会やトークの仕事に従事。ラジオやテレビなどのメディアに出演。書籍に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」(共著、音楽之友社)、「ようこそ!トイピアノの世界へ〜世界のトイピアノ入門ガイドブック」(カワイ出版)、「さぁはじめよう!オーディオのある暮らし」(音楽之友社)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。